人の人生と

本年元旦よりTHE ALFEE沼にズブズブに嵌りまして
アルフィーの音楽はちょっと脳汁出すぎて危ないくらいになりまして
Youtubeアルフィーの音楽しか聴かないって誓約かけていいと思っていましたが
病気の悪化の懸念もあり、ちょっとアルフィー成分を薄めつつ

とはいえ依存もなくせないので 坂崎さんのラジオを聴く、ということで折衷案を取りまして

それを聞きながら、大学で仕事やら、論文やらをやったりやれなかったりしていました。

 

2022年のK's trans missionで坂崎さんコロナによる 桜井さん代打回を聞きまして

そこで桜井さんが和幸の曲を流して、坂崎は俺よりよっぽどすごい、いい仕事してる、あこがれだった加藤和彦さんと一緒に仕事するなんて、坂崎も嬉しかっただろう、というようなことを言っていて

「あれ?和幸ってなんだ?聞き覚えがありすぎるぞ」と思い調べましたら、私がNACK5を相当聞いていたことも思い出しました。

 

当時私は大学生で、大学が田舎だったので母親のおさがりの軽自動車に乗っていました。

車に乗っている時は常にラジオを流していて、チャンネルはNACK5にほぼ固定でした。

そこで自然と坂崎さんのラジオを毎週聞いていて、坂崎さんがしょっちゅう「和幸」「和幸」ってずっと言ってたんだ。
そこで加藤和彦って誰よ、と思ったら、地元軽井沢でまさかの自死をして、子どものころ何度も歌った「あの素晴らしい愛をもう一度」の人で、作詞の北山修は、音楽家じゃなくて、医師で精神科医九州大学の教授で、今は別の大学の学長ってどういうこと?! と思って 調べながら、加藤和彦をしのぶラジオ番組(北山と坂崎さんがゲスト)を聞いていました。

加藤の自死する1か月前に和幸でライブで一緒に歌っていた坂崎さんのことを思うと

そのつらさはいかほどかと思い、最後まで一緒に音楽活動をしていたのは坂崎さんだったと知れば知るほど、坂崎さんは加藤氏亡き後をどう生きてきたのかと思うと、本当につらくなりまして。

 

つかこうへいが「前妻に操をたてるというようなことを言っていたのに、その舌の根も乾かぬうちに中丸三千繪と再婚して、あれで僕も吉田拓郎も離れた」と言っていて

そういえば私はこの大学に入る前に、椿姫をうたった中丸を見に行ったことがある。

びっくりするほど残念で、これが日本を代表とするソプラノ歌手なのかと残念に思った。


晩年の加藤は、散在癖と借金に追われて、更にうつ病を患っていたようだ。

死後、北山は「加藤の中には2つの加藤がいた」と話している。この発言は、死後に発表したコメントだけにとどまらず、のちに加藤について語る際に、同じ軸足で語ることが多い様だった。

北山の九大退官を加藤と坂崎の3人で祝う予定であったらしいが、それは叶わなかった。

 

坂崎さんは、加藤が借金まみれなのも、病んでいたことも、きっと知っていたし

それでいながら、突き放さなかったし、最後まで伴走したのは彼だった。

ラジオの中で、加藤が坂崎さんに「ひっぴぃえんどは人生で一番満足したアルバムだった」とメールをくれたことがうれしかったと言っていた。

 

加藤は亡くなる前、所有するギターや自室を片付け、知人に遺書を送り付けて、自身の最後を決めた。

北山はその手紙を受けた一人だと明らかにしている。

坂崎さんは貰っていたのだろうか、どうなのだろうか

人は大事な人の死をどう乗り越えるのか。

どれほど辛くても 自分はそれに飲み込まれず 生き続けなければならず

だからこそ 今 こんなにも坂崎さんが輝いてると思うと

人は一体どれだけ強いのだろうと思うし、なんて人間は偉大なんだろうと思う。

 

私も何度も死のうと思ったし、死のうとしたし、今でももう生きていたくない、ここで終わらせたいと思うときもある。

でも、やはり自分でそれを決めるのは、まずいと思った。

私にもそれなりに関わつてくれた人がいて、お世話になっている人がいる。

その人たちに何か負債を与えるわけにはいかない。

私と言う陰りを、その人たちの心に落とすわけにはいかない。

命を失うなら、事故や災害や病気や寿命、それ以外にはありえない。

加藤もうつ病での自死だったから、それは病死と捉えても、問題はないが

それでも関わったものの生に与える影響はでかい。

 

坂崎さんもラジオの中で、今となって振り返っても

あの時何ができたのかわからない

今思うと、あの時から加藤さん、変わったなって言う感じはあった

でもそれを分かっていたとしても 自分はなにかやれただろうかとおもう、と話していた

 

長生きしよう。

人の人生はちっぽけだ。

地球や宇宙や世界の寿命からしたら、ひと呼吸にも満たないほどの瞬きだ。

でも、私たちはその吐息の中に生きているから

人の吐息に大きく影響を受ける。

長生きしよう、元気に。そして沢山活動しよう。

勿体ないもん、生きてたら 絶対絶体楽しいし いいことがあるから。

脱毛サロンミュゼ

脱毛サロンミュゼを初めて契約したのは15年ほど前だったと思う。
あちこち引っ越しをして、転職をして、プライベートでもいろいろありつつ

ゆるゆると通ってきた。

そして、いよいよミュゼが倒産するのが濃厚なにおいをプンプン感じている。

x(旧ツイッター)では11月25日支払予定の給与が未払いであることが伝えられ

xの公式アカウントは11月の頭で更新を終えている

(インスタグラムのアカウントは未だに運営しているようだ)

 

これを眺めるに、年末倒産はかなり濃厚だと思う。

実は今年に入ってから、アプリでの予約が機能しなくなっていた(電話で予約した)

問い合わせると「アプリの不備があったがもう直った」とのことだった(が実際はその現象はその後も続いていた。私だけかと思いきや、xでは私に起きたことと同様の投稿が見られた)

 

もっとさかのぼると、美容液などを売り始めたあたりから、これはヤバそうだなと思っていた。

そして美容機器を売るようになってますますヤバいと思っていた。

基本、こういうたぐいのものを売るのは、「より儲けたいから」であるが

この世には、ハイブランドから大衆ブランドまでありとあらゆる美容用品があるなかで

ミュゼの美容用品を買わせようとするのは至難の業。

よっぽど効果があるとか、いい製品である必要があるが

他と比べて「よっぽど効果がある」なんてことはありえない。

各美容メーカーが、研究し、しのぎを削って、やり合ってる業界である。

それほどまでに、この業界は「レッドオーシャン」である。

「通っている脱毛サロンの公式品」程度で売れるほど、この業界は優しくない。

それが理解できない程度の人間が上層部にいるか、よっぽど商品に自信があるのかと思っていたが、商品も別に大したことない内容である。

 

こういうのはアーティストの「ライブグッズ」のようなものであり、+αの売り上げとして期待する程度であって、これに儲けの主軸を期待してはならない。

とはいえ、昨今はライブグッズの売り上げが頼みのつてのようである。

言ってみればライブチケット代は固定収入、箱によって限りがある。

より売り上げを伸ばすのなら、グッズを売るしかないというのは理にかなっている。
ただ、その時に大事になるのは、元々のライブやアーティストがどれだけ優れているか、素晴らしいか、集客力があるかという点である。

 

ミュゼの場合は、脱毛サロンとしての本業が、やはり一番大事で、そこがちゃんとしてないと、それに付随するいかなるビジネスを展開しても無駄だろう、と思うわけです。

実際、ミュゼのオンラインサイトのページは使いづらく、リニューアルもされず

「これで売る気あるのか?」という感じだった。

 

そして、一応予約が取れたようなので、本日ミュゼに行ってみようと思う。

果たして店舗は運営しているだろうか。店の様子はどうだろうか。

私は施術を受けられるのだろうか・・・!!